金つなぎ・非日常療法のすべて

自助努力・身の丈サイズの、がん(ほか難病・大病)患者会「がんを明るく前向きに語る・金つなぎの会」の、”勝ち抜き実践記録”をすべて公開。後に続く病友の治癒と安寧のために…!

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♪読売新聞・中村記者の取材に思ったこと

今日の午後、読売新聞の中村記者の取材を受けた。

重い予後を養うがん患者の集う会 「 がんを明るく前向きに語る・金つなぎの会 」 は、発足当初から患者の哲学とも言える 『 五つの理念 』 を持ち、自助努力・身の丈サイズの活動方針を崩すことなく、明るく強く前向きに、がん ( ほか難病 ) に立ち向かって生き延びてきた。

その結果、毎年多くの逝友を見送る一方で新たな病友を迎え入れ、今も1623人の闘う絆を大切に、頑張っている。

テーマ: - ジャンル:心と身体

  1. 2007/12/05(水) 19:46:15|
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♪入院による日常を、明るく強く前向きに!

今年2月に更新してから、いろいろあって10月までそのままにしていた、このブログ。  皆々さまには、お見捨てもなく、毎日のようにご訪問いただき、ありがとうございました。


ところで、まことに私事ながら、今日から暫く入院のはこびとなりました。


赤目養生所。  自然と一体になった 【心身一如】 の暮らしの中で、治癒をめざします。     ここでの治療は、金つなぎの抗がん闘病とも軌を一にしているものですから、とても楽しみな入院なのです。


えっ?入院が楽しみ?


はい。 私にとって、今日から始まる入院生活が日常、これまでの暮らしこそは非日常となります。 


日常を、明るく強く前向きに! 非日常療法の根底にある考え方です。                 では、行ってまいります。

  1. 2007/11/01(木) 09:54:49|
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♪ホリスティック医学の周辺で…

以前から入院予約の出来ていた、赤目養生診療所の外来診療にお邪魔した。

亡夫がこよなく気に入って通ったオーガニック料理のお店「季楽」が、[赤目養生診療所」に看板を架け替え、当時のままのたたずまいで地域医療を支えている。 この診療所の入院施設が、ここからおよそ30分ほど山に分け入った赤目養生所である。

所長の藤岡義孝Drは、人も知る【エコホリスティック医学】の提唱者だ。 
私たちが、金つなぎの活動の原点に据える【心身一如】の抗がん闘病と軌を一にするこの思想を知ったとき、ほんとうにうれしかった。

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  1. 2007/10/26(金) 11:49:12|
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★死を身近におく、ということ… Vol.2

10月9日、姉が逝った。


その日、京都で取材中だった私は、付き添ってくれていた姉のボーイフレンド・T氏からの悲痛な電話で、仕事を中断して病院に急いだ。


まさか! 9月4日に入院してほどなくの頃、Drから、 「いつ何が起こっても不思議ではない血管の現状です」 と、MRIの画像を見ながら説明を受けてはいた。


 「血管が石灰化しています。 この、白い骨のように見えるのが、それです」 と、確かに聞いてもいた。

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  1. 2007/10/24(水) 01:40:22|
  2. 認知症な日々
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♪近々に更新いたします!

皆さま、こんばんは!


昨年の9月以来、ずうっと更新せずに失礼しております。  たびたび、このブログを訪問し続けてくださった皆々さま、ほんとうにありがとうございます。  そして、ごめんなさいね!


どんながんも大病も、心を変えれば体が変わります。 体が変われば生き方・暮らし方も変わります。ほんとうに、そうなんですよ。  「でも、どうすれば、心が変わるのでしょうか?」 と、よく質問をいただきます。


心を変えるって、実に簡単!  心を変えるには、言葉を変えればいい。 皆々さま。 日々、何事にも”明るく、前向きな言葉”を口にするように心がけましょう!


そしてどんな時にも、まずは 「あはは、あはは~♪」って、笑いましょう。 笑う門には、福来る、ってほんとうなんですよ。


「物事の良いほうを信じて、明るい死生観を持つこと」 と教えてくださったのは、当時アサヒビールの会長でいらした樋口廣太郎さん。 今から10年前、平成8年夏のことでした。       


「きっと良くなる、必ず良くなる」 の言葉をくださったのは、病友のご主人、増本幾太郎さんでした。


いつも申しますように、言葉は言霊となって私たちの血肉になじみ、励まし、慰め、大いなる癒しをも与えてくれます。 ヒトだけが享けられる言葉の力を信じて、明るく強く前向きに、ご一緒に頑張りましょうね。


明日からまた、気合いを入れて更新をかけていきましょう。 おっとっと~、私こと明日から、 「季刊・金つなぎ」 24号の編集制作にかかるのでした。 …ですので、近々には更新いたします。 どうぞよろしく、ご愛読くださいませ~。   


                 

  1. 2007/02/23(金) 00:17:37|
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♪死を身近におく、ということ

新聞の折込チラシを見て、葬祭センターの斉奉閣にお葬式の予行演習に行くも、葬儀が2件入っているとかで、十分な説明は聞けず。
帰り際、「A家のこれは、36万円、N家のは72万円…」と、会場の飾りを見て教えられる。
私こと、斉奉閣の会員にして既に3口の申し込みを済ませている。 余命半年を覚悟していたころ、そこそこの葬祭飾りができる額を納めたのだった。


識者や品格のある方々の中には、葬儀一斉無用と意思表示なされる向きもおられるが、所詮小者の私は、淡いピンクの”花いっぱい葬儀”が望みである。
迷惑でなければ、ご会葬の皆々さまにピンクの花をお持ち帰りいただき、「がんを病んでも元気に楽しく生きられるんだな。 がんって、それほど悪い病氣でもないな」 など、思っていただければ、望外の喜びである。


わが家の ”三男” を名乗る脳腫瘍の宗賀くんは、私の葬儀に、森山直太朗の 「さくら」 を歌ってくれると言うし、長男は 「みんなで、”ふるさと”を歌って送ってやろう」 と言う。


花いっぱいと歌声の流れる葬儀、いいですねぇ。


私にとっては、生きることも死ぬことも、ほんとうに楽しい。                         釈尊は「生老病死」を人生の四苦と喝破なされ、その他にも八苦があると教えられた。たった一度ではあるけれど、死の淵に立ってその後を生き延びた私は、いま、心の底から 「生老病死」 を楽しいと思う。


 

  1. 2006/09/03(日) 15:16:02|
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♪金つなぎ 逝者鎮魂・生者安寧 祈念の海花火!  ~その2~

                            河上市長
                         日本一! 熊野大花火の総責任者
                          熊野市長の河上敢二さん
                     合併前に2期,通算3期目の重責を担う49歳
                       花火を見上げる姿も真摯・爽快だ   


300年の長きにわたって続く熊野大花火が、いつ頃から先祖供養の花火になったのか、定かではないが、資料によれば藩政時代、同地の極楽寺の芝生で初精霊供養の花火として花火師たちが妍を競ったという。 由来は少なくとも、150年には及ぶことであろう。

  1. 2006/09/03(日) 14:17:17|
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♪金つなぎ 逝者鎮魂・生者安寧 祈念の海花火!  ~その1~


                     三尺玉
                  平成18年8月22日午後9時9分40秒                                              海上自爆三尺玉  爆裂の瞬間                                             


平成17年8月17日午後8時、紀州・熊野の大空に200発を超えるスターマインの花火饗宴が繰り広げられた。     「金つなぎ 逝者鎮魂・生者安寧 祈念の海花火!」 。    会創設10周年を記念して、5年の歳月をかけて延べ234人249万3040円に及ぶ寄金をいただき、この日、感動の230発を打ち上げさせていただいたのだ。


寄金の名簿には、逝かれた病友の名前も多く、しかし、彼ら彼女らは故人の扱いではなく、生ける人のごとくに記名されている。 逝かれた友よ、ご一緒に、先祖供養の花火でに祈りましょう! 逝者鎮魂・生者安寧を互いに念じて!!!


皆々さま。 私たちはいつか、必ずこの世と別れ次の世に向かいます。 たとえ身はこの世に分かれても、必ず毎年8月17日は熊野の空に集い、祈りましょう! 


熊野大花火は、過去300年もの間先祖供養を続けてきた由緒ある花火大会。 海辺に並んだ初盆供養の棚の端に、私たちの祈りをこめた供養塔も飾られ「逝者鎮魂・生者安寧 金つなぎの会」と彫り込んでいただいた。 来年も、再来年も、必ずこの供養棚を捧げる、と決めている。


金つなぎは、必ずやる! 毎年8月17日の紀州熊野の花火大会で。  そのことを信じるだけで、私たちの心は軽くなり、死ぬことが不安でなくなる…。 つまり、死の非日常性を限りなく日常に近づけることが可能になる。


「熊野で花火を上げましょう!」 と、合言葉をかけ合いながら、しかし志半ばで逝かれた病友は、過去6年間に100人を数える。  悲しいけれど、これが、重いがん(ほか難病・大病)患者の集う患者会の宿命なのだ。 逝かれた友の心中をを思って昨年のこの日、私たちは声を上げて泣いた。 悲しみの涙では、決してない。 鎮魂と安寧の誠を捧げることが出来た喜びと安堵の涙であった。 


今日、逝友の鎮魂を祈った私たちが、来年はあの世の人になるかも知れないはかなさ、たよりなさ。 けれど必ず、金つなぎは、来年も再来年も、熊野の空に逝友を招いて花火打ち上げに協賛をさせていただく。 熊野大花火の呼び物、 「海上自爆三尺玉」がそれである。  沖合い400㍍に浮かべたイカダに、重さ250㌔の三尺玉を据えて着火。 ほどなく上がる直径600㍍もの半円の花火、壮麗に広がる見事な花火に!


来年も、再来年も!


そして、今年8月17日。 1泊ツア-を組んで楽しみにしていた熊野大花火は、台風の高波のせいで22日に延期となった。 「ぜひに…」 と心積もりをしておられた新潟の病友や東京の友人らが、已む無くキャンセルされ、急遽サンケイ旅行の日帰りツアーに便乗、「ハードスケジュールだけれど、大丈夫? バスの中で寝るのでしょう?」 と周囲から心配をされもしたが、なぁに、「長距離バスは、寝ながら行くマッサージルーム。  私たちは、”寝ながらエステ!” を受けながら行くのよ」


一行37人のうち、「私もがんなのよ」、「家族ががん…」、「友人もがんなの」 と次々名乗り出られ、「はい、そういう時代なんですよ、ね」 と答える。 


熊野灘に浮かべたケーソン(台船)が3基。 金つなぎは、熊野市花火本部のすぐ近くに40席のブルーシ-トを頂戴して、快適な花火祈念…とは、まいらない。  好事魔多し、午後5時過ぎに雲行きが怪しくなったと思う間もなく、ガラガラ、ドッカーン、ざば、ざば、ざばぁっ~。  激しい雷雨の襲来だ。


毎年、天候不順で雨に見舞われる熊野大花火。 昨年は熊野の周辺で大雨が降り、取材に来てくださった名古屋テレビのクルーは、ロケバスが前方を見づらいほどの驟雨に洗われ、「おかげで洗車はできましたが、取材不能では?と心配しましたよ」 と話しておられたっけ。 もちろん、熊野に雨は至らず、花火は見事に上がりましたけれど…


さて、今年の熊野大花火。 多分、雨が来そうな予感があったので、事前に早めの夕食(かやく飯弁当、美味!)をおすすめし、いざ雨が来たら、前半分は前に、後半分は後の空きスペースに、それぞれ手早く撤収し、荷物を真ん中に集めて男性を中心にブルーシートを支えていただき、皆の傘代わりにいたしましょう、とお願いをしておいた。


でも、いざ、突然の大雨に見舞われると、人間って他の動物のように迅速に行動には移せないのよ、ね。 名残惜しそうにお弁当を食べ続ける人、荷物を濡らさないため頭と荷物をブルーシートに入れて体を濡らしている人、いつまでもブルーシートの上に座り続けている人…。


言うまでもなく、抗がん闘病は危機管理能力が問われるサバイバルゲームである。 一旦緩急の時にこそ、積極果敢・迅速俊敏な対応が望まれる。 俄かの雷雨に対する対応も、決して例外ではないのだ。  私たちはつねに、負けない闘い・負けられない闘争の最中に在ることを忘れまい!                                <この項続く>   


                                        


 


 


  1. 2006/08/30(水) 02:11:15|
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♪きっとよくなる、かならず良くなる! ご一緒に…

前項で、エミール・クーエ(クエ)の詩を紹介したら、「エミール・クーエって?」との問い合わせを
数件頂戴した。


今日から毎日 あらゆる点で
いっそう 良くなる                                                                                                          ますます 良くなる                                                                ぐんぐん 良くなる                                                      かならず 良くなる                                                                  ぜったい 良くなる                                                   きっと 良くなる                                                                         良くなるしか ない                                                                                
                                                            まことに好日的な、力づよい詩である。
とりわけ「きっと良くなる かならず良くなる」は、キャッチフレーズとして人の心にズンと響く、影響力の大きい言葉である。


私はこの詩を記した1枚の色紙を、病友の増本康子さん(金つなぎ会理事・平成8年ご逝去)
から頂いた。 彼女のご主人・幾太郎さんが能筆の方で、品良く力強く書いてくださったものである。
あるとき、幾太郎さんに「これは、どなたの詩ですか?」 と訊ねたら、「ボクは何かの雑誌で見つけたんですが、 …さぁ、誰の言葉だったか?」 とおっしゃる。 のちに、金つなぎの病友の中に博識の方がおられて、 「それは、エミール・クエの詩ですよ」 と教えられた。


その後いろいろ調べたが、この詩がクエのものである、との確証は、今にいたるも得られていない。 ただし、これに類する言葉は残っているので、のちのどなたかが少し膨らませてくださったのではないだろうか?


薬学者・エミール・クーエ(Emile Coue)は、1857年 フランスのトロワに生まれ、パリで薬学を学んだのち、数十年間トロワで薬剤師として、暮らしたとされる。                                                        
後年、”クエイズム”と称される自己暗示法の創始者で、ポジティブ・シンキングの元祖ともいわれる彼は、催眠術の研究や実験を行うなかで自己暗示による独自の精神療法(クエ・メソッド)を開発。 リューマチ、喘息、結核、がんにいたる広汎な患者を、それにより治したという。


クエ博士の用いた『患者が自分で治せる方法』は、非常にシンプルで、習慣にし易いのが、特徴だ。
つまり、1日に2回、朝目覚めたときと寝る前に、10回ずつ以下の言葉を言わせたに過ぎない。
「私は、日毎に、あらゆる点でよくなっていきます。どんどんよくなっていきます」                            こ
のように、好日的な言葉を声に出して繰り返すことで、私たちは自分自身をその考えに精神集中させる事が出来る。


「私は、誰一人として治療してはいない。患者が自分の力で治せるように教えただけです」 と言って、患者の努力を称えたといわれるエミール・クエは、また、「あなたの人生は、あなた自身がつくるのです」と、後世の私たちに教えてくれている。                                   もっとも、彼が教えたのは個々の患者に対してであったけれど、国内外に1623人の会員を擁する私たち ”金つなぎ” は、「きっと良くなる、かならず良くなる! ご一緒に!」 と病友の絆の力に縋って生き延びるべく、意気ますます盛んである。


  1. 2006/07/19(水) 13:49:55|
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♪私は多重がんの患者です。 発病したのは14年前…

がんを明るく前向きに語る・金つなぎの会は、”身の丈サイズ・自助努力”の患者会である。 が、会創設当初から、理念やモットーが揃っていたわけではない。                     


5つの理念もモットーも、私自身が乳がん(1期C)と卵巣がん(3期)5か所転移)を病み、「余命半年の命」と覚悟を決めた平成5年ごろから僅かの期間に、生き延びるために信じて実践した内容をまとめたものである。


今を遡る14年前、平成4年の3月。 当時勤務していた新聞社で、「誕生日検診」のシステムが導入され、誕生日を期して1日休暇が保証されることになった。 結果的に私は、このドックで乳がん(1期C)を見つけてもらった。 厳密に言えば、きっかけをもらったのだ。


その日、超音波検査で左乳房の左上に約1㌢の固いしこりが認められ、 「う~ん、このしこり、なんか気になるなぁ。…一度専門の病院で見てもらってください」とドクターに言われ、会社の近くにあった大阪大学医学部付属病院の第二外科を受診したことが、早期発見につながったものである。


病友の生死を分ける大きな要因のひとつは、「きっかけ」である。 私の場合は、誕生日検診とその後のいち早い担当科受診であった。 ちなみに、乳がんは外科の”守備範囲”に属する病である。 女性特有の病ではなく男性にもみられ、その率は女性の約100分の1ということである。


阪大病院の場合、乳がん(乳腺腫瘍)は、第二外科が担当していた。 私の場合は、幸いに早期発見のがんとのことで、主治医からは「乳房温存術」を勧められたが、ためらわず乳房全摘術を選んだのだった。 「大丈夫? ボクの経験では女性は、ほとんどが、おっぱいに執着しますよ」とドクタ-は言い、すぐに、「先日も、70歳の女性が”乳房再建術”を頼んでこられたんですよ」と言葉を継がれた。


それでも、頑なに乳房全摘を選んだのは他でもない、 当時の私が、新聞記者の仕事を天職と言って憚らず、他にもグループの夕刊紙に経済人夫妻の隠れたエピソードを紹介するコラムを執筆。読者からのレスポンスも多く、それらの仕事に生き甲斐をも感じていたからであった。


がんを病んでからつくづく思い知ったのは、「捨てるべき時には、捨てる勇気を持とう!」ということだ。 欲張りの私は、当時 ”仕事も家庭も捨てられない!”と粋がっていた。 自分に対する不遜なほどの自信があった。 浅はかであったなぁ…と、いま、ほろ苦く思い返す。


「命が錘にかかっている」 のが ”がん秤”。 たとえ捨てられないほどに打ち込んでいる仕事であろうとも、どんなに手放せない大切なものであっても、生き延びるためには、捨てなければならない! なにより、”余命半年”のがんを、受け入れなくてはならない。 それしか、この窮地を逃れる方法はない! …そのことに気づいたとき、良寛和尚の言葉が 激しく私の心を打った。


天保2年(1831)に逝去された、良寛和尚の最期は激しい下痢に悩まされ、症状から直腸がん
が推察されるという。 同病の先人と思えばひとしお、心も動く。
和尚が、文政12年(1827)の大地震で被害に遭った知人に送った下記の一文が、それである。    


     「 しかし 災難に逢時節には 災難に逢がよく候 
       死ぬ時節には 死ぬがよく候 
       是はこれ災難をのがるる妙法にて候 かしこ     
                                良寛」


そうなのか!                                                   がんはある日突然、私たちの体に住み着き、人生設計を狂わせ、時にはあっという間に命までも奪い去る理不尽な病である。 これこそが、人生の災難でなくてなんであるか。 そしてこの災難は、逃れようとすればどこまでも追いかけてくる。 けれど、受け入れて立ち向かえば、案外弱虫の側面が見えてくる。                                                  そうなのだ!


災難(がんの発症、転移・再発)は災難として受け入れ、天命にまかせよう。 それが、私に用意された道なのだ。 この、抗がん闘病の道を信じて、一生懸命に歩いていこう。 …そのように、腹を括って生きてきた14年あまり。 気がついたら、不思議に私は生きている。 ”余命半年”の私が、生かされている。                                                        まことに、難有り、有難し!!!    ありがたい、なぁ。


一部、未分化型の ”顔つきの悪いがん” 以外は、案外御しやすい病ががんである、と私は確信している。 この確信は、10余年に及ぶ自らの闘病と金つなぎの会の病友の闘病から、厳密に言えば、闘病の実践からの確信である。


今日から毎日 あらゆる点で
いっそう 良くなる                                                                                                          ますます 良くなる                                                                ぐんぐん 良くなる                                                      かならず 良くなる                                                                  ぜったい 良くなる                                                   きっと 良くなる                                                                         良くなるしか ない                                                                                


        詩:エミール・クーエ


                           

  1. 2006/07/01(土) 01:26:07|
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プロフィール

さくら・さくら

Author:さくら・さくら
☆乳がん、卵巣がんを相次いで病み、余命半年の病状から生還した多重がん患者

☆がんを明るく前向きに語る金つなぎの会 代表

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