金つなぎ・非日常療法のすべて

自助努力・身の丈サイズの、がん(ほか難病・大病)患者会「がんを明るく前向きに語る・金つなぎの会」の、”勝ち抜き実践記録”をすべて公開。後に続く病友の治癒と安寧のために…!

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♪終末期の生き方・死に方

昨秋、英(ひで)ちゃんが、逝った。
「まだまだ、死にたくない。僕は生きたいんです…」と、私に伝えて逝った。
大阪の会社の営業マンで、36歳。仕事にも結婚にも夢をつないで頑張っていた。


緊急入院して、まだ1週間。終末期と理解してはいたものの、「気力を尽くして生き延びましょうよ!」と互いに誓い合っていたので、連絡の電話にも思わず「えっ、ウソでしょう?」と問い直したりして、すぐには受け入れることができなかった。


亡くなる前の週に見舞ったおり、「背中に手を入れようか?」と聞いたらうなずいたので、顔色を見ながら手や足をさすったりもした。
英ちゃんは眼をつむったまま穏やかな顔をしており、まだまだ命のほむらを掻きたてて生きてくれると信じていた。


3日後に見舞ったおりにも「辛いでしょう? 手を入れようか?」と訊ねたら、「いえ、今日は、いいです…」と言い、少し苦しそうでもあったので、早々に病室を後にした。
看病中のお兄さんが廊下の立ち話で、「昼休みに見舞ったおり、“兄貴、怖いんや。一緒にいてくれるか?”と言うので、そのまま会社を休んで付いてやりました…」とおっしゃる。
直感的に終末が近いことを知り、それとなく伝えたくて、「もう、タッチングも出来なくなって…」と逝ったら、「弟は、“今日は…”と言うたんですよ。 次の機会に又…と言うことですから」 と自らに言い聞かせるように言われた。


終末の言い知れない不安を、病友の多くが「怖い」と表現して逝かれる。昭和の文豪、吉川英治氏は、終末の床で娘さんに「大きな不安なんだよ、君…」と、自らの死について語られたと聞いた。 誰もが“不安”を口にする終末期。 これを乗り切るためには、日ごろから「明るい確かな死生観を身に着ける」ことが、必須であると容易に理解できる。


“金つなぎ・五つの理念”に曰く、「死ぬも生きるも天命のまま」と。明るく強く前向きに、志高く、自分らしく、生き抜く覚悟を、友よ!さぁ、ご一緒に身に着けましょう。

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  1. 2006/04/26(水) 03:02:15|
  2. がん☆リアル・タイム
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♪金つなぎの会・草創期  ゛治癒力・激励力゛

平成8年4月22日、JR大阪駅に集まった私のがん闘病コラム(産経新聞朝刊)の読者24人が立ち上げた、自助努力・身の丈サイズの患者会「がんを明るく前向きに語る・金つなぎの会」は、その日集まった病友の、「月に一度で良いから、食事会でも…」という願いに、私が「NO!」と答えたことから目指す方向が定まった。


特に深い考えがあったわけではない。ただ、この日「このメンバーで毎月集まって、当座は宜しいでしょう。でも、もし、私が死んだら…、また、皆さまの何方かが亡くなられたら…、皆さまは、その重みに耐えられますか?」 と私は答えた。


「皆さまは、その重みに耐えられますか?」。 このことは11年目の今も、自分自身に変わらず問い続けているテーゼ(綱領・活動方針)である。 金つなぎの会は、なにより重症の患者の集う会である。少人数が互いの傷を舐めあうような患者会では、すぐに人心は恐れおののき、嘆きのうちに潰れてしまうだろう。現に、当時の私自身は、余命半年を覚悟していた多重がんの患者である。余命半年のリーダーが率いる患者会に、いったいどれほどの”治癒力”が宿り、後に続く病友を励ますことが出来るだろう? 会が立ち上がったその時から、私の心は、病友と自分自身を生還に向けて導く”治癒力”と、後に続く病友に安心していただく”激励力”を、いかにして蓄えるか、いかにして会活動に反映させるか…の2点に集中し、模索を続けてきたのだった。


とにかく、互いに大病を患った患者同士であってみれば、いつ誰に何が起こっても不思議ではない。 そのとき仲良しクラブの付き合いでは、ショックや悲哀がより強く自覚され、そのネガティブ体験とマイナス感情は、かえって生体の免疫力を低下させてしまう。 「がんの有無、種類、病状…、また、老若男女の別…などに拘ることなく、お互いに励まし合いながら、生きてみましょう!」


わずか24人。11年前、大阪駅のコンコースから始まったがん患者会の、草創の日のひとこまである。


小さな集いでは、会の存続すら覚束ない。 …では、どうすれば? そう、マスコミさんのお力を借りましょう! その頃、サンケイリビング新聞の編集部次長であった私は、「マスコミの力」を、よく知っていた。 自分の書いた原稿にたくさんの問い合わせの電話がかかり、毎日1時間早く出社して返事の電話を掛けつづけた現役の日々を思い返すまでもなく、、その手で背中を押してもらい、生き延びよう、と縋ったのである。 「このちっぽっけな患者会。でも、志だけはとてつもなく高く大きい!」。 自らがひるむことなく自分自身の”がん”に立ち向かい、ねじ伏せ、勝ち抜き、その結果を後に続く病友に見てもらい安心してもらいたい。 この思いを伝えたい。


以来今日まで、どれほど多くの報道ジャーナリストの皆さまのお力に助けられたことだろう。 以下に媒体名を表記して、心からのお礼に代えさせていただく次第である。


   ◆新聞:伊勢新聞、大阪新聞、産経新聞、中日新聞
     毎日新聞、読売新聞、朝日新聞、徳島新聞、高知新聞
     証券新報、日刊工業新聞、時事通信(名古屋タイムス
     デーリー東北、新潟日報、福島民報、茨城新聞、山陽新聞
     北日本新聞、山形新聞、河北新報、山口新聞)、紀伊新報
     吉野熊野新聞、夕刊三重、三重タイムズ
   
      ◆雑誌:月刊PHP、月刊がん・もっといい日、ミマン
     がん治療最前線、ほんとうの時代、日経ウェルネス
     ほんとうの時代・増刊号、がん看護、フィジシャン
     女性自身週刊現代、四季・どんぶらこ
   
      ◆テレビ:NHK、テレビ大阪、三重テレビ、関西テレビ
     アドバンスコープ(名張ケーブルテレビ)、名古屋テレビ
           東海テレビ、NBC(全米ネットワーク)
    
      ◆ラジオ:ラジオ大阪、NHK


 


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  1. 2006/04/22(土) 23:54:07|
  2. 金つなぎの会
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♪明るく強く前向きに、志高く華やかに!

身の丈サイズ・自助努力のがん・難病患者会「金つなぎの会」は、きわめて哲学的な会である、と以前に書いた。 いずれも大病を病んだ者同士。 ゛哲学すること゛は、抗がん治療の予後を生き抜くための必須条件であると言えるだろう。


がんという大病を病み、近代医学の検査と外科療法(手術)で病巣を特定し取り除いたあとは、化学療法、放射線療法を受け、それも済ませて「様子をみましょう」とDrに言われた日から、私たちの心の闇はより深くより暗くなる。
がんを病んだ者に共通する理屈抜きのこの感情が、時には病状を悪化させることもあって、まことに始末が悪い。


今日も、私の携帯に病友からメールが届いた。 「義弟が大腸がん手術のミスで1週間後に再手術。そのせいで、錯乱状態になって…」と。 がんはもはや、3人称で語られる 「誰か」 の病気ではなく、 「あなたと私」 の病である。 「大変だったの、ね! 落ち着かれたら、金つなぎの ”五つの理念” を紹介してあげてね」と返信した。
「”五つのモットー” も!」 と書きたかったが、一度にたくさんの情報をお伝えしてもかえって伝わらないかも…と思い直して止めた。


                 金つなぎ・五つのモットー
                      明るく
                      強く
                      前向きに
                      志高く
                      華やかに 


              


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  1. 2006/04/20(木) 23:42:55|
  2. 金つなぎの会
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★初めて見送った友よ、幸せですか?

金つなぎの会は、11年前に私と23人の病友が立ち上げた「自助努力・身の丈サイズ」の患者会である。近代医学から手を離され、代替医療や補完医療に走る、不安な”がん予後の患者達”が集い、なおまた、がんの一つの病態について語るのではなく、すべてのがんについて「明るく強く前向きに語り、生き延びよう!」との旗印を掲げた患者群である。


会員は老若男女を問わず、がん・難病の種類も問わず、余命告知を受けた病友、末期を闘う仲間たち…。いきおい、亡くなられる病友も多いわけで…


平成7年に患者会を創設し、その1年後、初めて見送ったのが乳がんの肝転移を病んだ康子さんである。 享年59歳、まだまだ人生これから…の春であった。 
会創設時からのメンバーで理事でもあった彼女の葬儀は、滋賀県草津市駅前の斎場で執り行われ、「お互いに再婚して、子育ても一段落。”これから二人して楽しもう、なぁ”って、言うておったんですわ」と、ご主人が大粒の涙を流された。 がんという病の持つ無残と無慈悲に、言葉もなかった。
出棺を前に、病友のスミイ理事が般若心経のお写経を数巻納棺され、そのとき康子さんのデスマスクにほっと輝きが戻った。(…ように思われた)


葬儀に先立ち、ご逝去の報せを受けてすぐに23人の理事さんの連絡網に、「葬儀に参列し、最後のお見送りを…」との内容を流した。病友がたは動揺し、結局、古くからの友人スミイ理事と仲良しだった妙子理事が参列。私を含め3人が見送った。


この日私は、この患者会を続けていくためには、①各自が確かな死生観を養う②病友は最後に必ず「力」を見送る者に托してくれることを信じる。 …以上の2項を、必ず心に摺り込まなければならないと思い知った。 多くの会員が、自分の身にいつ何が起こっても不思議ではない病期を生きているのだもの、それが、”金つなぎ”なのだ。金つなぎの会が、発足間もなくからきわめて哲学的であり思惟的であるのは、康子さんの死に触発された結果であると言っていい。


康子さんの夫君は達筆の人で、彼女を励ますために、エミール・クーエの詩を色紙に書いておられ、私にも1枚くださった。 金つなぎの相言葉「きっと良くなる 必ず良くなる」の出典でもある優しく力づよい詩である。 病友と一緒に、声に出して繰り返す。ほんとうに。良くなるような気がしてくるから、不思議である。     


                  今日から 毎日 あらゆる点で
                      いっそう  良くなる
                      ますます 良くなる
                      ぐんぐん 良くなる
                      かならず 良くなる
                      ぜったい 良くなる
                      きっと   良くなる
                      良くなるしかない   

  1. 2006/04/17(月) 22:51:37|
  2. 逝友を悼む
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♪事件を契機に、「死と向き合う覚悟」を!

「富山県射水(いみず)市の同市民病院(麻野井英次院長)で、外科医師(50)が入院患者7人の人工呼吸器を取り外し、全員が死亡していたことが25日わかった。 医師による安楽死の疑いがあるとして同病院が県警に通報。県警は、殺人の疑いもあるとみて、外科医師らから人工呼吸器を取り外した経緯などを詳しく聞いている」(2006年3月25日  読売新聞)                                                                                                                                                                                                 


射水市民病院事件が1か月を経た今も話題を集めている。 真相は、まだまだ解明中とのことであるが、多重がんを病み、一度は"余命半年"を覚悟した患者の立場から、以下いささかの思惟を深めてみた。


いわゆるがん末期や難病、老衰などで寝たきりになった私たちが、在宅または病院で、中心静脈栄養法(IVH)、経管栄養法(胃ろうカテーテル)、気管切開、気管内挿管などの処置を受けているとき、本人の意思を確認しないままその装置を外すことは法的にも許されない。


にもかかわらず、このたびの射水病院事件のほか、東海大付属病院事件(1991年)、北海道の道立羽幌病院事件(2004年)など医師による同様の事件が起き、それが家族の意思確認を得て措置されたと聞くたびに私たちは、「自分がいかに死ぬか」 また 「いかに生きるか」 という、確かな "死生観" と "病者の哲学" を持つことを怠ってきたのではないか、とその答えを迫られてきたのだった。


そのことが、がんや難病を病む身の必然であることも、当然分かっていた。それなのに、なぜ、
がん・難病患者の多くは、終末期を前にその意思表示をしておかないのだろうか? 家族と医療者(医師や看護師)らと自分自身の終末について話し合っておかないのだろうか?


思うに、日ごろ "生命の危機" に向き合うことが極めて少ない時代に生まれ合わせ、死そのものが
日常のテーマになり得ない、そんな時代にいち早く病んだまことに不幸な私たちではあるまいか。


せっかく、がんを受け入れ大病を身にまとったからには、 「死と向き合う覚悟」 こそが求められて
いると理解し、なおかつ覚悟を決めればかえって安らかに生きられ、明るい予後も展けるものだ、と納得しよう。


この事件を契機に私たちは、最後まで明るく強く前向きに、また主知的・主体的に生き、自分の死を他人に任せることなく、悔いなく生ききる覚悟を新たにするべきであろうと考えている。

  1. 2006/04/16(日) 18:42:42|
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♪ 「金つなぎの茶碗」 、その由来は?

日ごろ、金つなぎの会の象徴のひとつ、「金つなぎの茶碗」の由来について、訊ねられることが多い。 併せて 「金つなぎの会」 の名前についても…


由来は、骨董の 「金継ぎ茶碗」 。 古来から重用されてきた陶茶碗にひびが入った場合、金で繋(つな)いで復元する技法が今に伝えられ、金継ぎまたは金繕(づくろ)いの技法と称されている。その技法をもって復元された金継ぎ茶碗、または金繕いの茶碗、と呼ばれた古伊万里や古九谷、高麗・李朝など渡来の器は、以前にも増してその骨董価値が高まったともいわれている。


「金つなぎの茶碗」 とは、がんなどの大病を病んで心身に傷を負った患者を称した言葉で、病んだ心身を"繕って"くれた近代医学をはじめ、医師、看護師、家族、友人・知人を、貴重な "金" になぞらえたものだ。
ただし金継ぎを名乗るのはまことにおこがましく思われ、「金つなぎの茶碗」 を自称したもので、恥ずかしながら私の造語である。


その後、金つなぎの病友がたが 「私も、金つなぎの茶碗よ!」と自称しはじめ、今では体にメスを入れた大病患者たちの代名詞となっている。

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  1. 2006/04/15(土) 23:04:15|
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★逝かれた絵門ゆう子さんに学ぶこと

元NHKアナウンサーでエッセイストの絵門ゆう子(えもん・ゆうこ、本名・三門裕子=みかど・ゆうこ)さんが、転移性乳がんのため逝去された。 49歳と聞いた 、…あまりに若すぎる。


NHKでは池田裕子の名前でニュース番組などを担当、退職後はフリーアナウンサーや女優として活動された。平成12年にがん告知を受けたことを公表、併せて、すでに首の骨、肝臓、脊髄などに転移していることも発表された。 それでも執筆や講演に活動の場を広げ、精力的に生き続ける姿をみせておられたというのに。


彼女の明るく率直な生き方にはファンも多く、体じゅうに転移したがんを治すために怪しげな民間療法や、超能力者もどき、健康食品にもはまったことなど、自らの取り組みををさらけ出した著書を読んで、泣き笑いのエールを贈った病友も多いことだろう。


私こと、絵門さんを直接は存じ上げないが、旧知の編集者・平野弘美さん(月刊「フィジシャン」)が絵門さんの乳がんの本をまとめたおりに、ほんの少しばかり協力し、そのご縁で出来上がった著書を20冊購入し、病友がたにプレゼントしたご縁があるばかりである。
その彼女は、「明るく強く前向きに!」と金つなぎの会が11年前から掲げてきたモットーをそのままに、積極的ながんの予後を生ききって逝かれた。


当初、近代医療(西洋医学)を拒否した絵門さんは「がん死した母が、抗がん治療で苦しんで逝った姿を思い出すと辛くて、私は受けない!」と言われたそうだ。
「…だめよっ!いま、近代医療の選択肢があるうちに、あなたの気力・体力に応じた抗がん治療に
取り組まなければ!」。 届かぬ言葉と知りながら、テレビ画面に映った当時の絵門さんに、私はむなしい言葉をかけたのだった。 その言葉を改めてここに紹介させていただくのは、ほかでもない、後に続く病友の参考に供したいから…。


たとえばがんは、ぼうぼうと燃えさかる燎原の火である。初期消火、科学消防力の効果こそが勢いづいた火を消す事が出来る。同様に終末のときも、近代医療の対症療法が患者の痛みや苦しみを取り除いてくれる。
初期と終末期における取り組みを誤ったばかりに、苦しんで後悔して逝かれた病友を、これまでにいったい幾人見送ってきたことだろう。


一度限りの人生を、自分らしく生きて逝かれたようにみえる絵門さん。果たして彼女に、悔いはなかっただろうか?


がんの医療は、日進月歩である。5年前、10年前に比べれば治療の選択肢も増え、新たな抗がん剤はもちろん,その他の有効な治療法も多く開発されている。
かつて、誰かが苦しんで亡くなられたその治療法も、今ではもっと患者にやさしく進歩しているケースがほとんどである。代替療法も補完療法も、主となる近代療法があってこその"代替"であり、"補完"であるということを、健常なときにこそ誰もが理解しておくべきであろう。


近代医療を拒否しその他の療法に縋った絵門さんが、「このベッド、100万円よ。波動が出てるの。あ、このマットは17万円ね」などとテレビで語っておられる姿を、まことにほろ苦くせつなく拝見したことであった。


終末期は、遠回りの末に辿りついた聖路加病院で、心やさしい医師や看護師さんらに手厚く見守られたという絵門さんは、自宅でマッサージを受けているおりに 「息が苦しい」と訴え、救急車で搬送され、その夜静かに逝かれたという。 がん患者の理想の逝き方でこの世とお別れをされた彼女に学ぶことは、近代医療の受け方と終末の迎え方である。 金つなぎの会では、近代医療の恩恵を120%享受して初期、中期を闘い、終末期は病友の絆づくりと死生観の涵養で自分らしく悔いなく生ききる!と決めているのだが。 

  1. 2006/04/14(金) 16:40:36|
  2. がん☆リアル・タイム
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♪”医療棄民”を知ってますか?

医療棄民を知ってますか? 近代医療の臨床現場で、もはやなすべきことはないと見なされた病友が、気休めの抗がん剤を処方されたり、経過観察のみの外来受診を余儀なくされていたり…                                                 下記に紹介するのは「金つなぎ・ホームページ」の”おしゃべりルーム”でのやりとリである。


554 番: メイ MAIL '03/09/01(月) 09:57:48 初めまして 皆さん、初めまして。私の母(62)の事なのですが、8月半ば過ぎに定期健康診断に行ったら卵巣がおかしいと言われ、すぐ検査、入院、手術となりました。診断は90%良性とのことで、退院予定も決まっての入院でした。ところが、手術を終えて出てきた先生は、「悪性でしかも、お腹の中全体に転移している」とおっしゃいました。私達の動揺は激しく、でも母には言えずです。とにかく出来る限りをと思い、私の兄弟の友人で病院関係の人にとにかく話をと思って、診断書を請求したり、先生にお話を伺おうとしたら、先生が早とちりされて「転院するならどうぞ。私は一切手を引きます」と、私達の話をちゃんと聞かずに言い捨てて、去ってしまわれました。治療に支障があってはと思い、診断書を取り下げ、謝罪の伝言を頼みました。そして次の日の回診で、心配しつつもまさかと思っていた、母への「私は手を引きますので」という発言が!!母は何も知りません。私達も信頼しているからこそ手術をお願いしたわけで、誤解と母への態度が悔しくてなりません。こういうときはどうしたらいいのか教えてください。


広野光子 MAIL '03/09/01(月) 23:35:23                                                  優先順位、第1位!


メイさん、こんばんは!母上の介護、ご苦労様です。 今抱えておられる問題は、このごろよくあるお話で、私はそれを「医療棄民」と名づけています。いつか必ず、マスコミさんにお手伝いいただいて、この問題に迫りましょうね。 一般にDrは、治る見込みのある患者さんには力を注ぎますが、医学的に「余命告知」をされるような病友には、治療をしたがりません。 でも! 患者には、医療を受ける権利があるのですよ。母上の病院は、市民病院くらいのベッド数ですか?心配しないで、その病院が納得できるようならまず受付に申し出て、医療相談を受けましょう。母上の命がかかっています。時間をムダにしてはいけません。 また、どうしてもその病院でうまくいかないようなら、卵巣がんは抗がん剤が良く効くがんですので、なるべく早く信頼できるDrを見つけて、手術→抗がん治療なのか、項がん治療で病巣を固める→手術なのか、決めて闘いましょう。 困ったら、いつでもメールください。 gamba gamba!!!


近頃は「医療難民」という造語も市民権を得ているが、「医療棄民」は主体が医療従事者のうちの主に医師から患者に対する行為のことを意味した私の造語である。 対して「医療難民」は、患者自身が自らの望む病院、医師、医療行為を求めて彷徨う様子を表現したもので、いずれも患者の不幸を予測させる。


病友の実例を紹介する中で、問題提起をしていきたい。 

[♪”医療棄民”を知ってますか?]の続きを読む
  1. 2006/04/13(木) 23:51:19|
  2. 医療棄民アーカイブス
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♪So! 「非日常療法」!!!

平成8年の暮れ、厚生省はがんが日常の悪しき生活習慣から芽吹く病であると発表した。そうであるならば、心身を”非日常”の場においてやれば、バランスがとれて健常な方向に向うのではないか? 当時”余命半年”を覚悟していた多重がん患者の私は、この単純明快な発想に満足し、近代医療に対する補完療法として、取り組んでみよう…と考えていた。


けれど何事も、ひとりでは完遂は覚束ない。もともと、人は弱いものなのだ。とりわけ、私は。   なおまた、教科書のない未踏の道を行くのであるから、”非日常の道”を共に歩いてくれる仲間づくりが先決であった。…というより、現実は平成6年11月からスタートした私の闘病コラムの読者たちが集まって、すでに患者会が出来上がっていたのだった。


”皆で渡れば恐くない”というのは、ひとり、信号に限らない。”皆で渡る”という抗がん闘病の道は、なぜか前途に明るい光明が見えるような気がしていた。 そして、この頃からすでに、手紙の末尾に「頑張りましょう、ご一緒に!」と書いていた私は、仲間の絆なくして「金つなぎ・非日常療法」は成り立たないと考えていた。


幸いに、自然発生的に患者会が立ち上げられ、仲間づくりの基盤は整った。あとは、いかにして求心力をつけ、非日常の道を極めるか…


そのために、金つなぎの会は、①病者の哲学(五つの理念)を持つ ②旅をする(人生は旅、停滞の”日常”から旅の”非日常”へ ) ③死生観を養う(梅花、桜花、蛍に托す死生観)④絆づくりを進める⑤媒体を持つ(機関紙、ホームページ)と決めた。


まず、五つの理念を中心に据えることで、何が起こっても揺るがない強い意志を身に着けることを皆で確認しあった。会の行動計画は、旅がテーマで、One Day Trip(日帰り旅行)と名づけた観梅会、観桜会、蛍狩り、紅葉狩りなどを催行することにより、自分なりの死生観を見つけ、生まれてきたことに感謝しつつ、自分らしい終末を迎えられるよう、催しのたびに話し合った。


がんの終末を意識し、話し合い、自分なりに納得する…というきわめて知的な取り組みは、がん患者にとって、一見難しいことのように思えるが、この"非日常”の思考に慣れることで容易に終末期の覚悟が身に着けられる。金つなぎ・非日常療法の最大のテーマは、「終末をいかに生きるか」である、とお分かりいただけるだろうか?          

  1. 2006/04/12(水) 23:50:39|
  2. 非日常療法とは
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♪What's 「非日常療法」?

21世紀の日本は男女とも世界一の長寿国になり、私たちを取り巻く環境も、日々目まぐるしい変化を余儀なくされている。
日常生活を見直すだけでも、食文化 、余暇生活(趣味娯楽)、購買行動、職場環境、交通アクセスなどのすべてが豊かに推移し、近代医学の進歩もあいまって疾病構造にも変化が見られるように
なった。つまり以前のような感染症や伝染病などの急性疾患から、便利さ・快適さ追求の代償として、がんなど日常生活の乱れに起因する慢性疾患が増え、死因の約6割の遠因を占めるようになったのである。
 
がんの発症や予後にはいろいろな因子が影響しているが、おおむね▼加齢などを含めた「遺伝の因子」(いわゆる体質など)▼病原体や有害物質、ストレス要因など「外部環境の因子」(気候、地域環境、仕事、ストレスなど)▼食習慣や運動習慣といった「生活習慣の因子」(食習慣、運動習慣、休養、喫煙、飲酒等の習慣)の3つに分けられる。


なかでも、生活習慣ががんの発症に深く関わっていることが明らかになり、厚生省(現・厚生労働省)は、昭和31年来使ってきた「成人病」の呼称を「生活習慣病(life-style related disease)」と改めた。(平成8年12月公衆衛生審議会答申による)


なおまた、平成7年の「人口動態統計」(厚生省大臣官房統計情報部)によれば、死亡総数に占める死亡原因の割合は、がん=28,5 脳血管疾患=15,9 心臓病=15,1  肺炎=8,6  不慮の事故=4,9。 以下、老衰、自殺、腎不全、肝疾患、糖尿病、その他…と続き、がんの死亡率が際立って高いことが見てとれる。
 
死因、死亡率にみる限りは、やはり、”がん、恐るべし!!!”


確かに、がんは悪しき日常の生活習慣がきっかけとなって、発病に至る側面を持っている。
それならば、再発・転移の不安に苛まれる予後の身を、「非日常の場(空間と体験)」に移して
心身のバランスを保ってやれば、病者の治癒力・免疫力を上げるのではないか。
「金つなぎ・非日常療法」は、10年の年月と1623人の”いのち”をかけて、この定理を実証してきたものである
。                      ★明日に続く★


  1. 2006/04/11(火) 23:58:54|
  2. 非日常療法とは
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♪「五つの理念」の成り立ちは?

          <金つなぎ・五つの理念>
              同病相楽しむ      
            がんを恐れず侮らず
           天は自ら助くる物を助く      
            信ずる者は 救われる
          死ぬも生きるも天命のまま


金つなぎの会の根幹は、言うまでもなく「五つの理念」である。たとえば、「五ヶ条のご誓文」がそうであるように、「ヒポクラテスの誓い」がそうであるように、自らと共に歩む仲間との共通認識であるといえるだろう。


★同病相楽しむ   


★がんを恐れず侮らず
           


★天は自ら助くる物を助く      
           


 ★信ずる者は 救われる
          


★死ぬも生きるも天命のまま

  1. 2006/04/10(月) 16:37:59|
  2. 非日常療法とは
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♪病者の哲学を持った患者群

患者会の創設時から明文化された闘病理念「金つなぎ・五つの理念」を持ち、あらゆる代替療法に自ら取り組むことで、自分らしい納得できる予後を生ききる“明るく強く前向き"な患者。それが私たち、金つなぎの病友の真の姿である。ひと言に集約すれば「病者の哲学を持った患者群」と言えるだろうか…。


私たちの”金科玉条”ともいえる「五つの理念」は、向日的な多くの書物から、また、私自身の折々の感懐の中から、不意に生まれてきたり、考えたあげくに浮かんできたりした、がん(ほか難病・大病)との闘い方である。
それらと、いかに向き合うのか?
いかに闘うのか?


思想(哲学)は短い言葉の中に、明確な答えを用意してくれているのだった。
          <金つなぎ・五つの理念>
              同病相楽しむ      
            がんを恐れず侮らず
           天は自ら助くる物を助く      
            信ずる者は 救われる
          死ぬも生きるも天命のまま

テーマ: - ジャンル:心と身体

  1. 2006/04/09(日) 23:47:20|
  2. 金つなぎの会
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♪明るく 強く 前向きに!

今から11年前金つなぎの会は、世界で唯一ともいえる、明文化された闘病理念(金つなぎ・五つの理念)を持ち、近代医学や東洋医学の恩恵を受けるほか、あらゆる代替療法に自ら取り組むことで、がん(ほか難病・大病)を乗り越え、自分らしい納得できる予後を生ききる、“明るく強く前向き"な患者群として活動を始めた。


とくに闘病法の教科書があったわけではない。
ただし、"余命半年"の私になぜか、夫や息子、友人たちが差し入れてくれたがんの参考書は、すべて明るく強く前向きにがんに立ち向かう…というものであった。


これらが、とりもなおさず金つなぎの会設立の基盤を形成したと言っても過言ではない。
それにしてもひと昔前、抗がん闘病のスタートラインに立ったとき、これらの書物によりまことにありがたい方向づけを貰ったものだと思う。                                                       
当時の読書メモから、書名を抜き書きしてみよう。


「がんを治す大事典」(帯津良一 監修)                                   「がんのセルフコントロール」(カール・サイモントンほか)
「イメージ・トレイニング法」(品川嘉也)
「こころとからだ ストレス健康法」(池見酉次郎)
「がんを克服し、生きる」(近藤裕)
「がん ある完全治癒の記録」(アンソニー・サティロラ)
「内なる治癒力」(ダグラス・コリガンほか)
「自分で治す"がん"」(朝日新聞社)
「ガンを征服する人」(グレッグ・アンダーソン)
「気功治療」(片野貴夫)
「病気は薬でなく食物で治る」(小牧祐夫)
「土からの医療」(竹熊宜孝)
「言霊(ことだま)」(井沢元彦)
ほかにも、いろいろと…。

  1. 2006/04/07(金) 23:49:38|
  2. 金つなぎの会
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♪記念すべき日

「がんを明るく前向きに語る・金つなぎの会」(以後、金つなぎの会)は、JR大阪駅コンコースで出会った24人の病友が、肩を寄せ合うようにして立ち上げた小さな患者会である。                               したがって会創設当初は、「自分たちの出来ることから始めましょう」と申し合わせ、”自助努力のがん患者会”を目標にスタートしたのだったが、すぐに”自助努力・身の丈サイズのがん(ほか難病・大病)患者会”に、看板をかけ替えた。当時連載中の私の新聞コラム(産経新聞朝刊「がん闘病3年記”金つなぎの茶碗”」)の読者やマスコミ各社の報道結果に対し、がん以外の難病・大病患者の方々が縋るように深刻な相談をかけてこられるようになったからである。難病の種類は、主に膠原病が多く、レイノー病、シェーグレン症候群、ベーチェット病、リウマチ性多発筋痛炎、サルコイドーシスなど、初めて名前を聞くような次第であった。                                       


がん患者が近代医療から手を離され、つまり、手術や抗がん治療、放射線治療などを受け終え、「後は半年に1回、1年に1回、検査をして様子を見ていきましょう」と医師から言われたその日から、私たちは死ぬまで再発・転移の不安と恐れに苛まれつつ生きていくことになる。                               


がん(ほか難病・大病)患者の多くは、たとえばどんなに強い人でも、心の奥深くに自分以外は誰も入れない、暗く深い闇の部屋を抱えて生きてる。                                                                                                        健常な日々には思いもしなかった単なる頭痛が、「もしや、脳に転移?」と心配のタネになり、老化による膝や腰の痛みにも骨転移を疑うせつない私たちの心根を、13年前に”余命半年”のがん患者であった私は、決して笑えない。                                                                                                                                                           一見、とても元気そうな自分の体に、いつ、何が起きても不思議ではない危うさを抱えているから…


そんな病友たちが縋るもの、それは、患者会という名の"絆"である。患者会の活動を通して支い、励ましあう関係づくりを学び、そのなかでいつしか育つ、確かな生きる力。その力に縋り縋られ生き延びよう!と決めた平成7年4月24日は、私たちにとって、記念すべき日となった。


  1. 2006/04/06(木) 11:06:36|
  2. 金つなぎの会
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♪はじめに

金つなぎ・非日常療法の母体である「がんを明るく前向きに語る・金(きん)つなぎの会」は、平成7年4月24日にJR大阪駅中央コンコ-スの噴水広場に集まった24人のがん患者たちが立ち上げた自助努力の患者会である。  

会設立に先立つ平成6年秋、産経新聞(朝刊)文化面に「金つなぎの茶碗」と題したがん闘病コラムの連載が始まった。作者はかく言う私、広野光子。元サンケイリビング新聞記者で、同4年に乳がん(1c期)、5年に卵巣がん(3期5か所転移)を病み、その後1年半に及ぶ抗がん治療を終えたばかりの身であった。

互いに原発巣を異にする私の二つのがんは多重がんの名で呼ばれ、5年生存率は限りなくゼロ%に近く、当時は余命半年を覚悟していたのに、13年目を迎えた今も私は元気に生かされている。

「金つなぎ・非日常療法」を信じて実践してきた結果である。

今日から始めるこのコラム。いま病んで苦しんでおられる病友やご家族の参考になれば…との願いを篭めて綴りたい。

どうぞ、ご愛読のほどを!
  1. 2006/04/06(木) 01:42:18|
  2. 非日常療法とは
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さくら・さくら

Author:さくら・さくら
☆乳がん、卵巣がんを相次いで病み、余命半年の病状から生還した多重がん患者

☆がんを明るく前向きに語る金つなぎの会 代表

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