金つなぎ・非日常療法のすべて

自助努力・身の丈サイズの、がん(ほか難病・大病)患者会「がんを明るく前向きに語る・金つなぎの会」の、”勝ち抜き実践記録”をすべて公開。後に続く病友の治癒と安寧のために…!

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「金つなぎ・非日常療法」 その3・五つの理念 その①

■五つの理念 その① 「 同病相楽しむ」

同病相楽しむ
     「テリー・フォックス RUN in Mie」(その後「命の駅伝」と改称)の会場で、【同病相楽しむ】昼食風景 。 
      於:三重県松阪市中部台公園   平成13年5月13日

自助努力・身の丈サイズのがん(ほか難病・大病)患者会、がんをァ明るく前向きに語る・金つなぎの会が掲げる五つの理念は、二つのがんを病んだ会代表の私・広野光子が、平成7年当時【余命半年】の状態から抗がん闘病するなかで納得し悟り、また信じた病者の哲学である。

金つなぎの会は、広野光子の闘病記を新聞連載するなかで、志を同じくする読者(23人の病友)が一同に会し、この理念を座右の銘にして立ち上げた、きわめて哲学的な患者会でもある。
      
           <金つなぎ・五つの理念>
              同病相楽しむ      
             がんを恐れず侮らず
            天は自ら助くる物を助く      
             信ずる者は 救われる
            死ぬも生きるも天命のまま

会が創設されたおり、「私たちがん患者が、溢れる医療情報に振り回されて右往左往することのないように」と、自らの行動規範を決めたのがこの理念である。

たとえば、「五ヶ条のご誓文」がそうであるように、「ヒポクラテスの誓い」がそうであるように、私たちの集いがたとえどのように小さくとも、5年生存率(10年生存率)にチャレンジし5年先、10年先を元気で生きられるように…と定めた、仲間との共通認識でもある。

この成り立ちについて、少し紙幅を割いてみたい。

その①
★同病相楽しむ   
平成7年7月12日、初めての癒し旅が催行された。。

会創設に至った初会合の折、乳がん切除による大きな胸の傷を嘆いた病友が、「温泉なんて、夢のまた夢です…」と言い、その言葉を受けて温浴旅行が企画されたのだった。

がん患者が集団で旅をするのが珍しい時代である。

大阪からバス2台を連ね、名古屋、松阪、伊勢方面からも参加して温浴を喜ぶ私たちを、大阪からテレビ大阪、地元からNHK、三重テレビ、中日新聞、伊勢新聞が取材に来てくださった。

テレビの取材に病友が答えておられる。
「同病相哀れむ…、の気持ちで参加しました」

すれ違いざま、反射的に私は言った。
「えっ、違うでしょう! 同病相楽しむ♪ですよ!」

抗がん闘病中、病院のベッドで読んだ向日的な書籍が私に言わせたフレーズであった。

その② ★がんを恐れず侮らず         
その③ ★天は自ら助くる物を助く      
その④ ★信ずる者は 救われる
その⑤ ★死ぬも生きるも天命のまま


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  1. 2010/06/16(水) 15:44:15|
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「金つなぎ・非日常療法」 その2・【自助努力・身の丈サイズ】の患者会


 
今年、「がんを明るく前向きに語る・金つなぎの会」は、会創設15周年を迎えた。

昨年9月1日には、「会創設15周年記念総会~山下敬二郎&直子LIVE」を開催、がん促進因子とされる、老化、免疫力低下、治癒力低下を防ぐ催し…、と話題を呼んだ。

このほか今年に入って、「血管ほぐしフォーラム」の開催、熊野と名張の花火に協賛、玉川温泉療養の旅など、数々の記念イベントを予定している。

発足当時の金つなぎの会は、世界で唯一ともいえる、明文化された闘病理念『金つなぎ・五つの理念』を持ち、近代医学や東洋医学の恩恵を受けるほか、あらゆる代替療法に自ら取り組むことで、がん(ほか難病・大病)を乗り越え、自分らしい納得できる予後を生ききる、“明るく強く前向き"な患者群として活動を始めた。

すべてが手探りで、とくに闘病法の教科書があったわけではない。
ただし、"余命半年"の私になぜか、夫や息子、友人たちが差し入れてくれたがんの参考書は、すべて明るく強く前向きにがんに立ち向かう…というものであった。

【多重がん(私の場合は乳がんと卵巣がん)】という、初めて遭遇した我が人生の最難事に、向日的にがんを捉えた書物が多く届けられたことは、幸いであった。
これらの書物が、金つなぎの会設立の基盤を形成したと言っても、決して過言ではない。

抗がん闘病のスタートラインに立ったとき、これらの書物によりまことにありがたい方向づけを貰ったものだと思う。
                                                    
当時の読書メモから、書名を抜き書きしてみよう。
☆印は、何度も読み返したもの。

☆「がんを治す大事典」(帯津良一 監修)                               
☆「がんのセルフコントロール」(カール・サイモントンほか)
 「イメージ・トレイニング法」(品川嘉也)
☆「こころとからだ ストレス健康法」(池見酉次郎)
 「がんを克服し、生きる」(近藤裕)
☆「がん ある完全治癒の記録」(アンソニー・サティロラ)
☆「内なる治癒力」(ダグラス・コリガンほか)
☆「自分で治す"がん"」(朝日新聞社)
 「ガンを征服する人」(グレッグ・アンダーソン)
☆「気功治療」(片野貴夫)
☆「病気は薬でなく食物で治る」(小牧祐夫)
 「土からの医療」(竹熊宜孝)
 「言霊(ことだま)」(井沢元彦)
  ほかにも、いろいろと…

こうして構築されたのが、【自助努力・身の丈サイズ】のがん患者会・金つなぎであった。
まず最初に、病者の哲学と称する『五つの理念』を定めた。



  1. 2010/06/15(火) 23:54:44|
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「金つなぎ・非日常療法」 その1・仲間の絆

【金つなぎ・非日常療法】の母体である「がんを明るく前向きに語る・金(きん)つなぎの会」は、平成7年4月24日にJR大阪駅中央コンコ-スの噴水広場に集まった24人のがん患者たちが立ち上げた自助努力の患者会である。  

会設立に先立つ平成6年秋、産経新聞(朝刊)文化面に「金つなぎの茶碗」と題したがん闘病コラムの連載が始まった。作者はかく言う私、広野光子。元サンケイリビング新聞記者で、同4年に乳がん(1c期)、5年に卵巣がん(3期5か所転移)を病み、その後1年半に及ぶ抗がん治療を終えたばかりの身であった。

互いに原発巣を異にする私の二つのがんは多重がんの名で呼ばれ、5年生存率は限りなくゼロ%に近く、当時は余命半年を覚悟していたのに、抗がん治療後16年目を迎えた今も私は元気に生かされている。

「金つなぎ・非日常療法」を信じて実践してきた結果であろうと思う。

「がんを明るく前向きに語る・金(きん)つなぎの会」(以後、金つなぎの会)は、JR大阪駅コンコースで出会った24人の病友が、肩を寄せ合うようにして立ち上げた小さな患者会である。                              
したがって会創設当初は、「自分たちの出来ることから始めましょう」と申し合わせ、”自助努力のがん患者会”を目標にスタートしたのだったが、すぐに”自助努力・身の丈サイズのがん(ほか難病・大病)患者会”に、看板をかけ替えた。

当時連載中だった私の新聞コラム(産経新聞朝刊「がん闘病3年記”金つなぎの茶碗”」)の読者やマスコミ各社の報道結果に対し、がん以外の難病・大病患者の方々が縋るように深刻な相談をかけてこられるようになったからである。

難病・大病の種類は、主に膠原病が多く、レイノー病、シェーグレン症候群、ベーチェット病、リウマチ性多発筋痛炎、サルコイドーシスなど、初めて名前を聞くような次第であった。                  

がん患者が近代医療から手を離され、つまり、手術や抗がん治療、放射線治療などを受け終え、「この後は半年に1回、1年に1回、検査をして様子を見ていきましょう」と医師から言われたその日から、私たちは死ぬまで再発・転移の不安と恐れに苛まれつつ生きていくことになる。                               
がん(ほか難病・大病)患者の多くは、たとえばどんなに強い人でも、心の奥深くに自分以外は誰も入れない、暗く深い闇の部屋を抱えて生きている。                  健常な日々には思いもしなかった単なる頭痛が、「もしや、脳に転移?」と心配のタネになり、老化による膝や腰の痛みにも骨転移を疑うせつない私たちの心根を、13年前に”余命半年”のがん患者であった私は、決して笑えない。  一見、とても元気そうな自分の体に、いつ、何が起きても不思議ではない危うさを抱えているから…

そんな病友たちが縋るもの、それは、患者会という名の【絆】である。患者会の活動を通して支え合い、励ましあう関係づくりを学び、そのなかでいつしか育つ確かな生きる力。「その力に縋り縋られ生き延びよう!」と決めた平成7年4月24日は、私たちにとってまことに記念すべき日となった。


  1. 2010/04/15(木) 19:16:18|
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♪死を身近におく、ということ

新聞の折込チラシを見て、葬祭センターの斉奉閣にお葬式の予行演習に行くも、葬儀が2件入っているとかで、十分な説明は聞けず。
帰り際、「A家のこれは、36万円、N家のは72万円…」と、会場の飾りを見て教えられる。
私こと、斉奉閣の会員にして既に3口の申し込みを済ませている。 余命半年を覚悟していたころ、そこそこの葬祭飾りができる額を納めたのだった。


識者や品格のある方々の中には、葬儀一斉無用と意思表示なされる向きもおられるが、所詮小者の私は、淡いピンクの”花いっぱい葬儀”が望みである。
迷惑でなければ、ご会葬の皆々さまにピンクの花をお持ち帰りいただき、「がんを病んでも元気に楽しく生きられるんだな。 がんって、それほど悪い病氣でもないな」 など、思っていただければ、望外の喜びである。


わが家の ”三男” を名乗る脳腫瘍の宗賀くんは、私の葬儀に、森山直太朗の 「さくら」 を歌ってくれると言うし、長男は 「みんなで、”ふるさと”を歌って送ってやろう」 と言う。


花いっぱいと歌声の流れる葬儀、いいですねぇ。


私にとっては、生きることも死ぬことも、ほんとうに楽しい。                         釈尊は「生老病死」を人生の四苦と喝破なされ、その他にも八苦があると教えられた。たった一度ではあるけれど、死の淵に立ってその後を生き延びた私は、いま、心の底から 「生老病死」 を楽しいと思う。


 

  1. 2006/09/03(日) 15:16:02|
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♪金つなぎ 逝者鎮魂・生者安寧 祈念の海花火!  ~その1~


                     三尺玉
                  平成18年8月22日午後9時9分40秒                                              海上自爆三尺玉  爆裂の瞬間                                             


平成17年8月17日午後8時、紀州・熊野の大空に200発を超えるスターマインの花火饗宴が繰り広げられた。     「金つなぎ 逝者鎮魂・生者安寧 祈念の海花火!」 。    会創設10周年を記念して、5年の歳月をかけて延べ234人249万3040円に及ぶ寄金をいただき、この日、感動の230発を打ち上げさせていただいたのだ。


寄金の名簿には、逝かれた病友の名前も多く、しかし、彼ら彼女らは故人の扱いではなく、生ける人のごとくに記名されている。 逝かれた友よ、ご一緒に、先祖供養の花火でに祈りましょう! 逝者鎮魂・生者安寧を互いに念じて!!!


皆々さま。 私たちはいつか、必ずこの世と別れ次の世に向かいます。 たとえ身はこの世に分かれても、必ず毎年8月17日は熊野の空に集い、祈りましょう! 


熊野大花火は、過去300年もの間先祖供養を続けてきた由緒ある花火大会。 海辺に並んだ初盆供養の棚の端に、私たちの祈りをこめた供養塔も飾られ「逝者鎮魂・生者安寧 金つなぎの会」と彫り込んでいただいた。 来年も、再来年も、必ずこの供養棚を捧げる、と決めている。


金つなぎは、必ずやる! 毎年8月17日の紀州熊野の花火大会で。  そのことを信じるだけで、私たちの心は軽くなり、死ぬことが不安でなくなる…。 つまり、死の非日常性を限りなく日常に近づけることが可能になる。


「熊野で花火を上げましょう!」 と、合言葉をかけ合いながら、しかし志半ばで逝かれた病友は、過去6年間に100人を数える。  悲しいけれど、これが、重いがん(ほか難病・大病)患者の集う患者会の宿命なのだ。 逝かれた友の心中をを思って昨年のこの日、私たちは声を上げて泣いた。 悲しみの涙では、決してない。 鎮魂と安寧の誠を捧げることが出来た喜びと安堵の涙であった。 


今日、逝友の鎮魂を祈った私たちが、来年はあの世の人になるかも知れないはかなさ、たよりなさ。 けれど必ず、金つなぎは、来年も再来年も、熊野の空に逝友を招いて花火打ち上げに協賛をさせていただく。 熊野大花火の呼び物、 「海上自爆三尺玉」がそれである。  沖合い400㍍に浮かべたイカダに、重さ250㌔の三尺玉を据えて着火。 ほどなく上がる直径600㍍もの半円の花火、壮麗に広がる見事な花火に!


来年も、再来年も!


そして、今年8月17日。 1泊ツア-を組んで楽しみにしていた熊野大花火は、台風の高波のせいで22日に延期となった。 「ぜひに…」 と心積もりをしておられた新潟の病友や東京の友人らが、已む無くキャンセルされ、急遽サンケイ旅行の日帰りツアーに便乗、「ハードスケジュールだけれど、大丈夫? バスの中で寝るのでしょう?」 と周囲から心配をされもしたが、なぁに、「長距離バスは、寝ながら行くマッサージルーム。  私たちは、”寝ながらエステ!” を受けながら行くのよ」


一行37人のうち、「私もがんなのよ」、「家族ががん…」、「友人もがんなの」 と次々名乗り出られ、「はい、そういう時代なんですよ、ね」 と答える。 


熊野灘に浮かべたケーソン(台船)が3基。 金つなぎは、熊野市花火本部のすぐ近くに40席のブルーシ-トを頂戴して、快適な花火祈念…とは、まいらない。  好事魔多し、午後5時過ぎに雲行きが怪しくなったと思う間もなく、ガラガラ、ドッカーン、ざば、ざば、ざばぁっ~。  激しい雷雨の襲来だ。


毎年、天候不順で雨に見舞われる熊野大花火。 昨年は熊野の周辺で大雨が降り、取材に来てくださった名古屋テレビのクルーは、ロケバスが前方を見づらいほどの驟雨に洗われ、「おかげで洗車はできましたが、取材不能では?と心配しましたよ」 と話しておられたっけ。 もちろん、熊野に雨は至らず、花火は見事に上がりましたけれど…


さて、今年の熊野大花火。 多分、雨が来そうな予感があったので、事前に早めの夕食(かやく飯弁当、美味!)をおすすめし、いざ雨が来たら、前半分は前に、後半分は後の空きスペースに、それぞれ手早く撤収し、荷物を真ん中に集めて男性を中心にブルーシートを支えていただき、皆の傘代わりにいたしましょう、とお願いをしておいた。


でも、いざ、突然の大雨に見舞われると、人間って他の動物のように迅速に行動には移せないのよ、ね。 名残惜しそうにお弁当を食べ続ける人、荷物を濡らさないため頭と荷物をブルーシートに入れて体を濡らしている人、いつまでもブルーシートの上に座り続けている人…。


言うまでもなく、抗がん闘病は危機管理能力が問われるサバイバルゲームである。 一旦緩急の時にこそ、積極果敢・迅速俊敏な対応が望まれる。 俄かの雷雨に対する対応も、決して例外ではないのだ。  私たちはつねに、負けない闘い・負けられない闘争の最中に在ることを忘れまい!                                <この項続く>   


                                        


 


 


  1. 2006/08/30(水) 02:11:15|
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♪副作用のない抗がん治療

金つなぎ・非日常療法の極めて大きな特徴は、取り組む催しのすべてが、「副作用のない抗がん治療」である、ということだ。


たとえば、肺の難病で闘病中の病友のひとり・Mさんが、このほど酸素ボンベを装着することになった。 原因も分からず、したがって、治療法も確立していない状況で、「そこまで病期が進んだの?」とか、「これから先、どうなっていくの?」など、電話や携帯メールから窺える彼女の心中は不安と恐れに苛まれている。


とりわけ女性の場合は、見た目の印象も心にダメージを与えるなど、いずれにしても本人にとって、決して愉快な日常ではない。


さて”金つなぎ”では、決して愉快ではないであろう彼女の現状を「喜び」と捉え、さっそくに激励の集いを開いた。  会創設以来、120回に及ぶ催しの多くに参加しているMさんには、集いに参加する度に築いた病友との強い絆がある。 急な案内にも関わらず、近くの仲間が11人集まってくれた。


昼食のメニュー選びひとつにも、てんでにこだわるのが、”金つなぎ流”で、なにしろ全員が、がん以外にも病持ちなのだから、「私、卵巣がんのほかに膵臓もダメだから、天ぷらは止すわ」「あ、私は中性脂肪が高いの」「私も高血圧…」。 と言いつつも、あれこれ選んでいるうちに、不思議にみんなが同じメニューに落ち着くのも、やはり、”金つなぎ流”…。 


そうして、わずか5分ほどのメニュー選びの間、誰もが自分のがんを忘れている。                   たかが、されど、の食事会なのだ。


食事の間も、申し合わせたように明るい話題、前向きなテーマ、がんと闘う不退転の決意…など、”めげず、恐れず、侮らず”の闘病スタイルを再確認するかのような流れ…。 と言って、誰もがムリしている訳ではない。 11年間、愚直に闘病理念を信じて実践してきた結果が、こういった流れをつくる、と言えようか。


あはは、あはは~♪  うふふ、ふふ…  そうそう、それから、ね。


明るく楽しく笑っている間、私たちの生体の指標は限りなく標準値に近づいていく。 たとえば私自身に限ってみても、こういった病友との集いのあとは、日ごろインスリン投与を受けている私の血糖値が必ず低くなり、基準値を示す。 不思議なことではあるが、事実なのだ。


人生は、必ず終わりを迎える旅である。 そう、この顰に倣えば、私たちの日々もまた、旅である。


がん(ほか難病・大病)が、日常の生活習慣から発症する側面を持つ病であるならば、心身を”非日常においてやれば、バランスが取れて生体の免疫力・治癒力が上がるのではないか?   「旅」こそは病んだ心身を癒し、生体の大いなる癒しとなり、私たちの体は治癒の道に向うのではないか?                                                      この命題のもと、命を懸けた実践活動を続けてきた結果が、11年に及ぶ「勝ち抜き・金つなぎRoad」である。


日帰りの催しは、「Oneday  Trip(日帰り旅行)」と名づけ、Mさんの激例会もそのひとつであるが、ほかにも、大阪城観梅会、東京観桜会、食事会、太極拳練成会、死生観涵養の集い(蛍狩り、紅葉狩り)など、多彩に展開。 その都度、病友は自分なりの元氣を取り戻し、それぞれの日常に戻っていく…。 


金つなぎの催しを、「副作用のない抗がん治療」と称する所以である。 

テーマ:元気になるヒント - ジャンル:心と身体

  1. 2006/06/28(水) 02:14:57|
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♪第29回 日本プライマリケア関連学会開かれる

  1. 2006/05/20(土) 23:53:51|
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♪So! 「非日常療法」!!!

平成8年の暮れ、厚生省はがんが日常の悪しき生活習慣から芽吹く病であると発表した。そうであるならば、心身を”非日常”の場においてやれば、バランスがとれて健常な方向に向うのではないか? 当時”余命半年”を覚悟していた多重がん患者の私は、この単純明快な発想に満足し、近代医療に対する補完療法として、取り組んでみよう…と考えていた。


けれど何事も、ひとりでは完遂は覚束ない。もともと、人は弱いものなのだ。とりわけ、私は。   なおまた、教科書のない未踏の道を行くのであるから、”非日常の道”を共に歩いてくれる仲間づくりが先決であった。…というより、現実は平成6年11月からスタートした私の闘病コラムの読者たちが集まって、すでに患者会が出来上がっていたのだった。


”皆で渡れば恐くない”というのは、ひとり、信号に限らない。”皆で渡る”という抗がん闘病の道は、なぜか前途に明るい光明が見えるような気がしていた。 そして、この頃からすでに、手紙の末尾に「頑張りましょう、ご一緒に!」と書いていた私は、仲間の絆なくして「金つなぎ・非日常療法」は成り立たないと考えていた。


幸いに、自然発生的に患者会が立ち上げられ、仲間づくりの基盤は整った。あとは、いかにして求心力をつけ、非日常の道を極めるか…


そのために、金つなぎの会は、①病者の哲学(五つの理念)を持つ ②旅をする(人生は旅、停滞の”日常”から旅の”非日常”へ ) ③死生観を養う(梅花、桜花、蛍に托す死生観)④絆づくりを進める⑤媒体を持つ(機関紙、ホームページ)と決めた。


まず、五つの理念を中心に据えることで、何が起こっても揺るがない強い意志を身に着けることを皆で確認しあった。会の行動計画は、旅がテーマで、One Day Trip(日帰り旅行)と名づけた観梅会、観桜会、蛍狩り、紅葉狩りなどを催行することにより、自分なりの死生観を見つけ、生まれてきたことに感謝しつつ、自分らしい終末を迎えられるよう、催しのたびに話し合った。


がんの終末を意識し、話し合い、自分なりに納得する…というきわめて知的な取り組みは、がん患者にとって、一見難しいことのように思えるが、この"非日常”の思考に慣れることで容易に終末期の覚悟が身に着けられる。金つなぎ・非日常療法の最大のテーマは、「終末をいかに生きるか」である、とお分かりいただけるだろうか?          

  1. 2006/04/12(水) 23:50:39|
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♪What's 「非日常療法」?

21世紀の日本は男女とも世界一の長寿国になり、私たちを取り巻く環境も、日々目まぐるしい変化を余儀なくされている。
日常生活を見直すだけでも、食文化 、余暇生活(趣味娯楽)、購買行動、職場環境、交通アクセスなどのすべてが豊かに推移し、近代医学の進歩もあいまって疾病構造にも変化が見られるように
なった。つまり以前のような感染症や伝染病などの急性疾患から、便利さ・快適さ追求の代償として、がんなど日常生活の乱れに起因する慢性疾患が増え、死因の約6割の遠因を占めるようになったのである。
 
がんの発症や予後にはいろいろな因子が影響しているが、おおむね▼加齢などを含めた「遺伝の因子」(いわゆる体質など)▼病原体や有害物質、ストレス要因など「外部環境の因子」(気候、地域環境、仕事、ストレスなど)▼食習慣や運動習慣といった「生活習慣の因子」(食習慣、運動習慣、休養、喫煙、飲酒等の習慣)の3つに分けられる。


なかでも、生活習慣ががんの発症に深く関わっていることが明らかになり、厚生省(現・厚生労働省)は、昭和31年来使ってきた「成人病」の呼称を「生活習慣病(life-style related disease)」と改めた。(平成8年12月公衆衛生審議会答申による)


なおまた、平成7年の「人口動態統計」(厚生省大臣官房統計情報部)によれば、死亡総数に占める死亡原因の割合は、がん=28,5 脳血管疾患=15,9 心臓病=15,1  肺炎=8,6  不慮の事故=4,9。 以下、老衰、自殺、腎不全、肝疾患、糖尿病、その他…と続き、がんの死亡率が際立って高いことが見てとれる。
 
死因、死亡率にみる限りは、やはり、”がん、恐るべし!!!”


確かに、がんは悪しき日常の生活習慣がきっかけとなって、発病に至る側面を持っている。
それならば、再発・転移の不安に苛まれる予後の身を、「非日常の場(空間と体験)」に移して
心身のバランスを保ってやれば、病者の治癒力・免疫力を上げるのではないか。
「金つなぎ・非日常療法」は、10年の年月と1623人の”いのち”をかけて、この定理を実証してきたものである
。                      ★明日に続く★


  1. 2006/04/11(火) 23:58:54|
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♪「五つの理念」の成り立ちは?

          <金つなぎ・五つの理念>
              同病相楽しむ      
            がんを恐れず侮らず
           天は自ら助くる物を助く      
            信ずる者は 救われる
          死ぬも生きるも天命のまま


金つなぎの会の根幹は、言うまでもなく「五つの理念」である。たとえば、「五ヶ条のご誓文」がそうであるように、「ヒポクラテスの誓い」がそうであるように、自らと共に歩む仲間との共通認識であるといえるだろう。


★同病相楽しむ   


★がんを恐れず侮らず
           


★天は自ら助くる物を助く      
           


 ★信ずる者は 救われる
          


★死ぬも生きるも天命のまま

  1. 2006/04/10(月) 16:37:59|
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プロフィール

さくら・さくら

Author:さくら・さくら
☆乳がん、卵巣がんを相次いで病み、余命半年の病状から生還した多重がん患者

☆がんを明るく前向きに語る金つなぎの会 代表

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